「イスラーム国」という言葉の向こう側
インドネシアを知る
イスラームをめぐるイメージ
『インドネシア:世界最大のイスラームの国』(加藤久典 著)を読みながら、私は自らの認識枠組みそのものを問い直すことになりました。
そもそも、この本を読む前まで、インドネシアについて特別に詳しかったわけではありません。日本との関係が深い国であること、技能実習生の送り出し国であること、といった断片的な知識はあったものの、その社会や歴史、宗教について体系的に理解していたとは言いがたいです。本書は、そうした単純化された表象を相対化し、イスラームが歴史的・社会的文脈の中で多様に実践されてきた宗教であることを、具体的な事例を通して示しています。インドネシアのイスラームは決して均質ではなく、地域的差異や家族関係、土着文化と宗教の共存など、重層的な社会的現実の中に位置づけられています。宗教は私的信仰の領域に閉じたものではなく、人々の価値判断や社会的関係性、労働観の背景条件として機能している――この点は、本書を通して最も強く印象に残った部分です。
「イスラーム国」と国家のシンボル
インドネシアの国章に描かれているのは、ガルーダと呼ばれる神話上の鳥であり、これはイスラームとは直接関係のない、ヒンドゥー的世界観に由来する象徴です。また、ガルーダがつかむリボンに記された「Bhinneka Tunggal Ika」は、「多様性の中の統一」を意味する国家標語であり、インドネシアという多民族・多宗教社会の理念を象徴しています。インドネシアの国家理念「パンチャシラ(Pancasila)」も、特定の宗教を国教とするものではなく、「信仰の尊重」「人道」「統一」「民主主義」「社会正義」といった抽象的原理によって構成されています。
この国章は、インドネシアという国家が、単純な「イスラーム国家」ではなく、多宗教・多民族社会として構築されてきたことを象徴的に示しています。確かに宗教が社会の重要な構成要素ではあるが、それは排他的な原理ではなく、多様性を内包した枠組みの中で制度化されています。
現場で感じる「認識のズレ」
相談の現場では「なぜうまくいかないのか分からない」という声を頻繁に耳にします。多くの場合、それは制度の問題というよりも、相互の文化的前提や認識枠組みのズレが累積した結果と思われます。本書を読みながら改めて感じたのは、「文化や宗教を理解する」とは、知識の集積ではなく、自らの前提を相対化する作業に他ならないということです。自分がどのようなイメージを内面化してきたのか、それ自体を問い返さなければ、他者理解は始まりません。
中小企業にとっては、異文化の複雑さに最初から立ち向かうよりも、むしろ「分からなさ」そのものと向き合う姿勢こそが重要です。そして、この「分からなさ」に耐えながら実践を積み重ねていく過程を通じて、はじめて外国人材活用の具体的なノウハウへと結実していくでしょう。